不動産取引において対象建物が事故物件のとき、取引の相手方に対する告知はどこまで行う必要があるのでしょうか?
不動産で「人の死」が発生したという事実は、取引において相手方(買主や貸主)の意思決定に大きな影響を及ぼすことが多いと思います。
売主・貸主は、物件内で人の死が生じたという事実があるのであれば原則として取引相手方に告知する義務があります。
ただし、相手方の判断に与える影響が大きくない場合は例外的に告知不要となるケースもあります。
2021年10月に国交省が新たに打ち出した「人の死の告知に関するガイドライン」に沿って、取引時の告知義務について整理してみましょう
不動産取引時の「人の死」の告知の現状
公平な不動産の取引を行うために、売主・貸主は、その物件が持っているネガティブな情報を買主・借主へ告知しなければなりません。
とりわけ物件内で人の死が発生したという事実は取引の意思決定に重大な影響を及ぼす可能性が高いと考えるのが一般的です。
ただし、ひとくちに「人の死」と言っても、中には意思決定に重大な影響を与えるとは言えないような事案もあります。
たとえば病死や老衰のような自然死については人が生活する住宅であればどの住宅でも起こり得ます。
このような自然死も含めたすべての事案を同等に「告知義務あり」と線引きすると、単身高齢者の賃貸契約を拒む物件が増えたり、不動産の取引自体が円滑に進まなくなってしまうという問題に発展するおそれがあります。
このことから物件における人の死に関する告知の義務については一定の限度があるものだと考えられており、その必要性については個別具体的に判断するというのがこれまでの慣行となっていました。
・取引目的
・事案の内容
・事案発生からの時間の経過
・近隣住民の周知の程度
これらを踏まえて総合的に判断する
→ただし、明確な基準はなかった
取引当事者は、相手方の判断に重大な影響を及ぼす情報について、故意に事実を告げなかったり、あるいは嘘をついたりするということが禁止されており、違反すると民事的な責任を追及されるおそれがあります。
売買された土地上に存在し、売買時点では取り壊されていた建物内で過去に殺人事件があったことが、売買の目的物である土地の「隠れた瑕疵」に当たるとして、売主の瑕疵担保責任が認められた事例
ところが従来の取引慣行では「どこからが相手方の判断に重大な影響を及ぼすのか」という明確な基準が定まっていなかったので、告知の要否について適切に判断できないというケースが非常に多く存在していました。
ガイドラインが制定された背景
人の死の告知についての要否判断が実際の取引において問題となることが多かったという背景があり、国交省手動のもとで「不動産取引における心理的瑕疵に関する検討会」が開かれました。
検討会では主に、不動産取引を担っている宅地建物取引業者が業法上課されている説明義務の解釈という観点から議論が行われ、1つのガイドラインが制定されることになりました。
今回制定されたガイドラインは、業法上または民事上の責任の範疇を法的に明示したものではありませんので、法的な拘束力はありません。
したがって宅建業者がガイドラインに従わなかったからと言って直ちに業法違反となるものではないですし(監督処分の際ガイドラインが参考になる可能性はあります)、またガイドラインに従っていたとしてもトラブル発生時に責任を回避できるというものでもありません。
法的拘束力はありませんが、宅建業者が一般的な基準としてガイドラインをもとに取引を行うことで当事者が十分な情報を持って取引を行うことができるようになり、トラブルを未然に防ぐ効果が期待されています。
ガイドラインの内容
それではガイドラインの内容を確認してみましょう。
ガイドライン対象は「居住用不動産」
今回制定されたガイドラインの対象となる不動産は、居住用不動産に絞った内容となっています。
居住用不動産は継続的な生活拠点の場として用いられるものであり、一般的に快適性や住み心地に期待して取引が行われることが多く、「人の死」が取引の判断に影響を及ぼす度合いが特に大きいからという理由があります。
告知が必要ない場合
大原則として、人の死に関する事実が取引の判断に重要な影響があると考えられる場合に告知をしなければなりません。
では、契約の判断をする上で重要な影響となる基準はどのように考えるべきでしょうか。
ガイドラインでは、裁判例や取引実務をもとに、妥当だと考えられる基準を取りまとめています。
①自然死や不慮の事故[賃貸・売買]
対象不動産で起こった自然死や不慮の事故による死については、原則として告知が不要とされています。
死が発生してからの経過期間についても特段の定めはされていません。
②事案発生から3年経過したとき[賃貸]
賃貸契約においては、下記の条件に該当する場合は原則として事案発生から3年経過していれば告知が不要とされています。
[物件の対象箇所]
・対象不動産(室内)
・通常使用する必要がある共同部分(敷地や廊下、エントランス等)
[対象事案]
・「自然死、日常生活における不慮の死」以外の事案(自死等)
・「自然死、日常生活における不慮の死」で特殊清掃が行われた事案
[3年間の起算時]
・原則として発生時(死亡時)
・特殊清掃が行われた場合は、発覚時
ただし、事件性、周知性、社会影響の高い事案についてはこの限りではありません。
③隣接住戸または通常使用しない共用部分[賃貸・売買]
集合住宅において、対象不動産の隣接住戸や、日常生活において通常使用しない共用部分(屋上、管理人室など)において発生した死については原則として告知する必要がありません。
ただし、事件性、周知性、社会影響の高い事案についてはこの限りではありません。
①売買・賃貸ともに、自然死・不慮の事故による死については原則、告知しなくてもよい。
②賃貸の場合、事案発生から3年経過していれば告知しなくてもよい。
③売買・賃貸ともに、日常生活と関わりが小さい場所(隣接住戸、通常使用しない共用部分等)で発生した死は告知しなくてもよい。
参考:「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」を策定しました
①~③以外の場合は?
上記①~③のどのケースにも該当しない事案について、契約の判断に重要な影響を及ぼすと考えられるのであれば、原則として宅建業者から取引の相手方に対して告知しなければなりません。
上記ガイドラインが常に基準となるわけではない
上記の内容は原則的な判断基準として参考にするべきですが、個別具体的に判断し、買主や借主が把握しておくべき特段の事情があるときには、たとえガイドラインで告知不要となっていても告げなければならないというケースも出てきます。
・買主や借主から事案の有無を聞かれたとき
・社会的に影響の大きい事案があったとき
その他の注意事項
取引の相手方に事案を告知するときにもっとも気を付けなければならないのが、故人や遺族に対する配慮です。
亡くなった方や関係者の名誉や生活の平穏を不当に侵害することなないよう、氏名や年齢、死亡時の状況などについては告知の必要はないとされています。
事故物件取引は信頼できる不動産業者を選ぼう
今回制定されたガイドラインは主に宅建業者の説明義務の判断基準という意味合いが強い内容となっています。
そのため取引を担当する宅建業者には、対象物件における人の死に関する事実を把握するために必要な調査を行うことが求められます。
ガイドラインによれば、調査の内容・方法については「売主・貸主に対して告知書等に過去に生じた事案の記載を求める」ことで通常の調査義務を果たしたものとしています。
周辺住民への聞き取りやインターネット調査などで更に詳しい情報を得ることができる可能性もありますが、正確性の確認が難しいことから、原則としてはそこまでの調査は不要としています。
例外的に上記のような調査を行う場合においては、故人や遺族の名誉・平穏を害することのないよう慎重に対応しなければなりません。
宅建業者は売主・貸主に対して、告知書に事実が正確に記載されるように必要な助言を行う必要があります。
特に、故意に告知しなかった場合に民事的責任が問われる可能性についてあらかじめ説明しておくことが望ましいとされています。
通常の不動産取引よりもデリケートな内容となりますので、信頼度で不動産業者を選ぶようにしましょう。